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妻が好きすぎて抱けない夫はマドンナ・ホア・コンプレックスかもしれない

妻のことが大好きすぎて抱けないという夫がいます。

このタイプの夫の中には妻に神聖さを感じるあまり性の対象として見られなくなっている人もいます。このような状態をマドンナ・ホア・コンプレックスといいます。

大切な存在であるが故に生じる問題といえますが、根本には男性の女性に対する認識の影響があるかもしれません。

聖母・娼婦二分法(Madonna-Whore Dichotomy)

女性を認識するときに純潔で聖母のような守るべき存在か魅惑的な売春婦かという二極化した見方をすることを「マドンナ・ホア・ダイコトミー(Madonna-Whore Dichotomy)」と言います。

マドンナ・ホア・ダイコトミー

日本の心理学の用語にはなっていないのですがあえて翻訳するなら「聖母・娼婦二分法」といったところでしょうか。平たくいえば「愛すべき女か?欲情すべき女か?」という見方をすることです。

フロイトが説明した理論ですが現代においてこの思考を支持していると古い価値観の人と思われることの方が多いです。

女性をモノのように見ているからこういった認識になるのだと批判する人もいます。それが合っているかどうかは不明ですが。(※もちろんフロイトは「本命か遊びか?」という単純な話をしたのではなくもっと根深いコンプレックスとの関わりの中で説明しています)

古臭い価値観とはいえ本音では「マドンナ・ホア・ダイコトミー」の思考を持っている人は意外と多いものです。そしてそれによって大切なパートナーとの関係に問題が生じることもあります。

マドンナ・ホア・コンプレックス

「マドンナ・ホア・ダイコトミー」と似た言葉で「マドンナ・ホア・コンプレックス(Madonna-Whore Complex)」があります。冒頭で軽く説明したものです。

これは相手のことを大切に思いすぎるがゆえに性的な対象として認識することが出来なくなってしまう心理状態です。そしてそれがセックスレスへとつながってしまいます。

マドンナ・ホア・コンプレックス

妻が好きすぎて抱けないという夫の中にはこの状態になっている人が少なからず存在しています。

なぜマドンナ・ホア・コンプレックスになってしまうかというとマドンナ・ホア・ダイコトミーによって女性を認識しているからです。さきほども説明した通り女性を「聖母」か「娼婦」かという極端な認識で分けているのです。

生涯のパートナーとしたいのは純潔な聖母だけれど欲情はしない。欲情するのは娼婦だけれど大切にしたいとは思えない。という矛盾が生じているのです。

妻が母親らしさを発揮するにつれ聖なる存在であるという印象が強くなっていき、性的な対象として見る事が難しくなっていきます。

シンディ・ローパーの曲に「Madonna Whore」というタイトルのものがあります。その歌詞の中に「I don’t want to be your mother:あなたの母親にはなりたくない」というフレーズがあります。

これはまさに恋人がマドンナ・ホア・コンプレックスに陥っている状態を表現しています。(※この曲自体は歌手のマドンナを意識したメッセージかもしれませんが……)

どうすれば好きすぎる妻を抱けるようになるのか?

妻のことが好きすぎて抱けない原因がマドンナ・ホア・コンプレックスにある場合にはどうすれば良いでしょうか?

それはマドンナ・ホア・ダイコトミーで女性を認識するのをやめさせることです。つまりセックスの相手は娼婦であるという思考をやめるのです。

そのためにはセックスが大切に思い合う男女同士の愛情表現の手段であるという考えを持つことが必要です。

※夫がマドンナ・ホア・ダイコトミーで考えているかどうかを見分けるのは難しいです。一つだけ言えるとしたら性的興奮だけでセックスを語るようならこの傾向があるかもしれないということです。